宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、『銀河鉄道の夜』だからいいのだと思う。これがたとえば『夜の銀河鉄道』では、一気に現実的になるし、夜に向かって広がっていくことがない。そもそも「銀河」と「鉄道」を組み合わせること自体、賢治の言語感覚の凄さだなと思う。
ジョバンニとカムパネルラという名前も、冷静になってみれば、一体どこが舞台なんだろうと不思議な感覚になる。でも、頭で考えようとしないかぎり、そんなことすら疑問に思わないくらい、その世界に馴染んでいる。そういうものなんだ、と思う。
だから、映像にすると、曖昧な想像世界に委ねられていた部分を決断しないといけないぶん、きっと難しいだろうと思っていたが、杉井ギサブローさんが監督のアニメ版『銀河鉄道の夜』の、渾然とした夢のなかのような街並みや、色違いの猫として描かれるジョバンニとカムパネルラは、原作とはまた違った形で、でも確かに『銀河鉄道の夜』だった。
特に好きだったのは、はっきりとは感情の色が見えないジョバンニの瞳だ。澄んだ、それでいて傷を知っているような、眼差しに宿る悲しみが、まるで誰の心をも映しているように胸打つものがあった。あれは猫だったから、いっそうよかったように思う。